1995年、マネージャー『信者(シンジャ)』と 共に 米国WWFマットに登場した。 前年の5月、日本で行われたWWFのマニア・ツアーにて初見参を果 たす。 WWFのトップレスラー・アンダーテイカーとの戦いのため新崎人生のスタイルを封印し、 ヒール・白使となり、姿、ファイトスタイルとも人生とは全く異なる戦いをみせた。 コスチュームは笠、帯にいたるまで純白のものをまとい、 全身に経文が書かれている。
 この不気味なオリエンタルムード漂う風貌で米国全土に一大ブームを巻き起こす。 これは日本人レスラーとしては、まさにアメリカンドリームであり、 メジャー進出という快挙はプロレス版『野茂英雄』と評された。
 1年半後の1995年4月、新日本プロレスの東京ドーム大会において 念願であったグレート・ムタと闘うが、ムタの激しい攻撃の前に大流血し敗れた。 この戦いの後、WWFとの契約を解除し、事実上、白使は死す。
後にみちのくプロレス、全日本プロレスのリングなどに登場。