■ 弘法大師

 弘法大師は現在の香川県善通寺に宝亀五年(774年)のご誕生された。幼い時から貴物(とうともの)呼ばれ、学生時代、都で様々な学問や宗教を学ばれたが、真の教えを求め修行し中国へ渡り、師・恵果 阿闍梨(けいかあじゃり)から密教の全てを授かり、日本に真言宗を開宗し、高野山を開かれた、御歳六十二歳で高野山の奥の院に御入定(ごにゅうじょう)されたが、これを入定信仰といい、今も生き続けておられるという信仰が今日にも続いている。そのため、弘法大師には亡くなったという表現は絶対に使わない。
 弘法大師は宗教家だけではなく、教育者として庶民の学校を創立したり、建築家として満濃池を工事に携わったり、書家、地層学にも優れたいへんな功績残された。
  又、弘法大師には様々な名がある。 幼少時代には、真魚(まお) 修業時代を、空海(くうかい) 潅頂名(師からいただいた)遍照金剛(へんじょうこんごう) 入定後、天皇からいただいた号(名)弘法大師(こうぼうだいし)といい、 人々は親しみを込めて「お大師さま」と呼ぶ。
 弘法大師を拝む時には『南無大師遍照金剛・なむだいしへんじょうこんごう』と唱える。


■ 真言宗
 真言宗は平安時代の初め、弘法大師によって開かれた宗教である。 その教えは古くインドに起こり、中国に伝えられ、それを弘法大師がたいへんなご苦労の末、 日本に持ち帰り真言宗として開宗された。
 この真言宗の教えは私達人間がこの身このままで仏となる。 それが『即身成仏(そくしんじょうぶつ)』の教えである。 人間は死んでから仏になるのではなく、生きたまま仏にならねばならない。 これは自らの生命の躍動を仏道修行に行ずること、 今の自分を大切に『身・語・意』を高い次元で一つにすることであり、 要するに「すること・言うこと・思うこと」を清浄に保ち、 一つになったとき、人間は生きたまま仏に成れる。
 今をいかに大切に生きるか、世のためにどうお役に立つか、 今の言葉でいうと『生かせいのち』ということである。


■ 高野山


 高野山は和歌山の山間部、海抜九百メートルに位 置し、弘法大師によって修行者の道場として開かれた。真言宗の総本山であり、真言密教の根本道場で、人々の心の拠り所とする信仰が広まり、現代 に至っている。
 そして、この地の定窟(奥の院・御廟)に弘法大師は生きたまま仏となられ、御入定された。約千二百年経った今日も弘法大師は御廟に生きておられ、生きとし生ける者全てが苦しみや悩みから開放され、世界の平和のために御祈念下さっている。

■ 四国八十八カ所
 弘法大師は青年時代、山野を駆けめぐり様々な修行を大自然の中で実践された。特に生まれ育った四国の地では盛んに遍路をされた。四十二歳の時、四国八十八カ所を開創された。遍路の語源は諸説あるが、端々まで歩く、永遠に歩くなどの意味がある 。
 各札所には本尊を祀る本堂と弘法大師を祀る大師堂があり、お遍路は各所でお経を納め(読経)その証として納経所で朱印をもらう。その時、願ごとや氏名を書いた木札を納めたことから、札所と呼ばれるようになった。今では木製ではなく紙製の納め札を使用する。
 ここで特筆すべき点は、お遍路は僧侶や特殊な行者だけが行うものではなく、誰にでも行え、各人が自分にあった行が行えるという点である。 老若男女すべての人々が弘法大師と共に歩む「同行二人(どうぎょうににん)」の修行が四国八十八カ所巡拝なのである。