第六回 新崎人生と行く、四国八十八カ所巡拝ツアー
〜 讃岐 涅槃の道場、そして高野山へ 〜
第一回目の巡拝ツアーに旅立ったのは遡ること5年前、そう、2001年のことでした。
六回目を迎える今年、いよいよ八十八ある札所を巡り終え結願を迎えることとなりました。
馴染みの顔が多い中、今年は3名の方が初参加、総勢17名で臨むラストラン。
3泊4日の行程を、今年も小ネタが満載、週刊ゴングのドクトル・ルチャこと清水さんのメール(豪華採点付)とともに振り返ります。
第一日目 9月15日

今年もついに始まりました。
毎年初夏に行われていた巡拝ツアーも、今年は9月の催行。
週間天気予報では、ツアー中の天候があまり芳しくない様子。台風13号の進路が気になるところですが、初日を眩しいほどの青空で迎えることが出来ました。
高松空港で今回の参加者17名全員が揃い、いよいよ出発。
頼れるツアコン倉敷中央観光サービスの三宅さん、人生選手からの挨拶でスタートを切りました。

足掛け6年にわたるツアーの中、今回で全ての札所を回りきる参加者は人生選手も含めて10名。彼らには、このツアーの心の団長、ドクトルのメールにより、急遽重大な指令が与えられ…!?

【ドクトルメモ〜MI:88】

おはよう人生くん。
今、携帯ストラップが無くて何かいいものをと探しているところ。そこで結願するメンバーと相談してこれはというような超レアなストラップを探してお土産としてほしい。
例によってきみもしくは君のメンバーが捕らえられ、あるいは殺されても、当局はいっさい関知しないので、そのつもりで。なおこのメールは自動的に消滅する。成功を祈る。


…まさに、ミッション・インポッシブル。
ここは結願メンバー全員が心をひとつに、目を皿のようにして探さねば!! と気合が入ります。

とはいえ「腹が減っては戦が出来ぬ」と、まずは雲辺寺までの車中にて、サムライTV「インディーのお仕事」で放送した昨年のツアーの様子などを見ながら、弁当を食べて腹ごしらえです。

【ドクトルメモ〜御本尊の面影・その1】

第66番 巨鼇山 雲辺寺 (きょごうざん うんぺんじ)

おはようございます。ドクトル赤亀です。今年は結願まで付きまといます。

涅槃の道場・香川といっても、ここ66番雲辺寺は徳島県池田町白地、今は三好市なのです。
長宗我部氏四国制覇の大本営・白地城に近いなあ。ここは八十八番中最高所921メートル。ご本尊は千手観世音菩薩さま。学問道場として栄え、四国高野とも呼ばれています。ここは関所寺で雨が多い所です。かく言うドクトルも雨に降られて泣きました。

さてここには私の好きな話が残っています。
土佐の長宗我部元親公が1577年春、この寺に登られ、住職に「自分は四国全土を平定したいと思うがいかが」と訪ねると、住職は「人には器量というものがござる。茶釜のフタは水桶のフタにはなりませぬ。あなたは土佐のフタであることが相応しく、どうして四国全土のフタになれましょうや。少を持って多くを望むのは災いのもと。ここより兵を戻しなされるがよかろう」とズバリ言ったそうな。
すると元親公は怒らずにこう切り替えしました。「名工の鋳たヤカンのフタは小さくても、大きなヤカンをフタすることが出来るではないか。見ているがよい、ワシは必ず四国を蓋うフタになってみせようぞ」。

元親は家督を継いだ16年目に四国制覇を成し遂げています。その際、池田町側の麓に四国防御の基地・白地城を築き豊臣秀吉の四国攻めに備えました。ここが土佐にも、讃岐にも、伊予にも、阿波にも、近い四国のヘソだったからです。しかし、装備、兵力で劣る長宗我部軍は数週間で降伏し、元親は元通り土佐一国だけを安堵されたのです。

う〜ん、これは雲辺寺の住職の勝ちか!この地はヘソで祈ってくだされ。

罰当たりドクトルの辛口採点 ★★★★


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標高921mの雲辺寺山。 山頂へはロープウェイで上がります。



センターラインを境に右が香川県、左が徳島県。
県境を越えて参拝に向かいます。


一ヶ寺目、久々&初めての面々、頼みの天野住職が不在でちょっとアヤシイながらも無事にお勤め出来ました。

【ドクトルメモ〜御本尊の面影・その2】

第67番 小松尾山 大興寺 (こまつおさん だいこうじ)

ここからいよいよ香川県 讃岐の国です。
66番から10キロ。 地元では小松尾さんと呼ばれている大興寺。
山門の金剛力士像は運慶の作。とにかくでかい。
石段の右にお大師さまお手植えの楠の木。
正面が本堂で天正年間に焼いたのはご存知・長宗我部軍。
それでも慶長年間に再建されたのでかなり古い。
ご本尊は薬師如来さま。秘仏で60年に一度のご開帳。次は2020年なので忘れずに。
左が大師堂。ここの大師像は八十八番で最も古いので覗いてチェックしておこう。右が天台大師堂。つまりここはお四国で数少ない天台宗の寺なのです。
緑の綺麗なお寺です。

ドクトルの辛口採点 ★★★


 

橋の上では杖をつかないこと。忘れていませんでしたか?


大興寺本堂は残念ながら改修中でした。

【ドクトルメモ〜御本尊の面影・その3】

第68番 七宝山 神恵院 (しっぽうざん じんねいん)
第69番 七宝山 観音寺 (しっぽうざん かんのんじ)

一度に2つのお寺を参れるというありがたくも助かるお寺。
2つ仲良く並んだ看板のある山門をくぐり、49段の石段を登ると69番観音寺本堂が出てくるが「あとでね」と声を掛けて左の階段を登って68番神恵院(じんねいん)へ。
このお寺の機縁は琴弾山の山頂に神船を引き上げたことに始まる。
この神船は神功皇后ゆかりのもので皇后の像も祭られているのです。
対馬ゆかりの神功皇后に関しては大西師匠に今晩たっぷりとご教授になるとよかろうと思います。
さてご本尊は阿弥陀如来の画像で、ご本尊が掛け軸なのはここだけ。お大師さまが書かれたものといわれています。

ドクトルの辛口採点 ★★★


69番観音寺の赤い本堂は室町時代の建築で国の重要文化財。

ここのご本尊・聖観世音菩薩は神功皇后が刻まれたといわれています。当然、秘仏です。
ここの伽藍は奈良の興福寺にならって配置されたといわれています。
大師堂は愛染堂の隣にあってこちらも朱塗りです。

余談ですが、ドクトルはかつて観音寺の馬をよく見に来ました。
この町の乗馬クラブにサラブレッドの種馬がいて競走馬を生産していたのです。こんなところまで、ほとほとオタクだと思います。

ドクトルの辛口採点 ★★★★


現代アートのミュージアム?


コンクリートうちっぱなしの階段を上がると…

…そこは、神恵院の本堂でした。


前回ツアーで訪れた61番の香園寺ほどではありませんが、ちょっとびっくりな神恵院。本堂前でのお勤めは音響効果抜群でした。

こちらは観音寺。朱塗りの本堂が印象的。


それにつけても、天野住職や大西住職の不在による影響は大きいようです。
灯明や線香を供えるのに時間がかかったり、ついつい寄り道したり…。
観音寺を出発したのが15時51分。
いつもパーフェクトな旅程表から10分も!? 遅れているではありませんか。
本日のメインは超重量級の石段を持つ弥谷寺。本堂に着く前にタイムアウトでは洒落になりません。
次の本山寺で、少しでも時間を取り戻さなくてはなりません。もちろんお勤めは心をこめつつ、です。

【ドクトルメモ〜御本尊の面影・その1】

第70番 七宝山寺宝院 本山寺
     (しっぽうざん じほういん もとやまじ)

観音寺から4キロ。五重塔が印象的な本山寺は平城天皇の勅願でお大師さまが一夜で作ったといわれる一夜寺です。
本堂は鎌倉時代に作られた瓦ぶき屋根の国宝です。
凄い!国宝は石手寺以来なのでよくご覧あれ。
ご本尊は私が大変お世話になっている馬頭観音さま。馬頭さまを祀っているのはここだけ。
秘仏だけど何に頭に馬が乗っているんだぞ。お大師さまが彫っては礼を繰り返した一刀三礼の作といわれていのるです。

ご存知長宗我部軍がこの寺に侵入したときに住職が切られても仁王立ちになったといいます。
兵がさらに乱入すると厨子が開いて阿弥陀如来の手から血が流れたのです。
これを見た長宗我部の兵は驚いて逃げ出したとか。
ここの「太刀受け阿弥陀」は右手に傷が残っているそうです。びびったか、長宗我部軍!

ちなみに美しい八脚の仁王門は重要文化財。ドクトルの好きなお寺の一つです。

ドクトルの辛口採点 ★★★★


重要文化財の仁王門をくぐって…

国宝の本堂へ。
ちゃっかり「国宝 本堂」と書いた木札が掲げられていました。

日が傾きかけた空に、五重塔の端正なシルエットが映えます。

【ドクトルメモ〜御本尊の面影・その6】

第71番 剣五山 千手院 弥谷寺
          (けんござん せんじゅいん いやだにじ)

71番 弥谷寺は行基が開山し、お大師さまが修行したお寺。
石段のきつさは半端でない。何せ540段は八十八番中、最多。
ううう、途中、俳句茶屋で涼をとりたいところだが、それは帰りにしよう。
仁王門、賽の河原、三途の川を越え、(ここで六文銭を投げたいところ)最後に百八段を登ると、いよいよ本堂。途中、お大師ゆかりの加治の水場で喉を潤したい。

ご本尊の千手観世音菩薩は拝観可能。今回、ここと善通寺だけは拝観可なので必ずチェックされたし。
しかし、石段を戻った大師堂の大師像は非公開。その奥にある獅子の岩屋はお大師さまが学問をされた場所といわれており、かなり点数が高い。

ちなみにこの山の東北部山頂にある天霧城は讃岐西部の重要に城で私が攻め落としたい四国の城の五指に入る。だからとっても気になるスポットです。頑張って攻めるべし。

ドクトルの辛口採点 ★★★★


本山寺ではあまり遅れを取り戻せませんでした。しかし今回のドライバー、野村交通の松浦運転手のおかげ? で何と弥谷寺到着が3分遅れまでに短縮。
あとは如何に難関の石段を攻略するか…?


鬱蒼とした木々の間を縫って続くなだらかな石段。
これはまだ序の口。


どこまで続くの? 気が遠くなりそう…

ようやく大師堂へ到着! ふぅ…。


先遣隊が息を切らせて大師堂の中にある納経所に滑り込んだのは、丁度17時にならんというところ。危なかったですね〜。

全員揃うまでの間、大師堂の裏手の奥ノ院、
お大師様が若い頃に修行されたという獅子の岩屋を見学。
暗い堂内に大師像と阿弥陀如来像、弥勒菩薩像が安置されています。


なんとか納経所のします時間にたどりつけてひと安心。
おかげさまで、大師堂、本堂とも他の団体さんが終わるのをゆっくり待てるほど余裕がありましたね。

帰る途中でこんな撮影会も。
野橋真実、何を想う…?

俳句茶屋で冷やしイチジクのお接待
疲れた身体も癒されました

初日の参拝を全て終え、琴平温泉へ向かう車中では、三宅さんが野橋選手を「のばし(nobashi)」と読んでいたことから、正しい読みは何かという珍妙な論争が勃発。
最終的に正解は「のぱし(nopashi)」に決定。

また、夜に合流予定だった天野住職が来れなくなったという連絡が入り、三宅さんの「職業が悪い」が飛び出すなど(もちろん悪意はありません)、爆笑で疲れも吹き飛ぶ盛り上がりでした。

この晩の宴会には1回目の徳島の参加者が激励に訪れてくれました。
みんな疲れていたのか、あまりおもてなしも出来ず…。
せっかく来て下さったのに申し訳ありませんでした。

そして、宴会後はこの日の疲れを更に倍増させるスーパーイベントが開催されることとなったのです。

一旦お開きとなった後、まもなく22時になろうかという頃の再集合。
目的地は、金刀比羅宮。
こんぴらさんの足元まで来ておいて、お参りしないテもないだろう、ということでしたが、一部で反対の声しきり。
いきなりランニングから始まってしまう(もちろんすぐに終了)など、どんどんつらい方向へ。


前衛が365段目にある大門にたどり着いた頃には、
半ば脱落気味の者もちらほら…。

全員なんとか揃ったところで、野橋選手指導の下、ストレッチを行い、ひと休み。
何だかんだいいながら、結局一部の強硬派? に乗せられ、途中旭社で再度休憩を入れながら、御本宮まで何とかお参りすることが出来ました。
御本宮からの夜景や、途中から抜きつ抜かれつしていた警備員さんに、ほぼ全員分のカメラで次々と記念写真を撮って貰ったことも、いい思い出です。
(しかし相当、迷惑な集団ですよね〜)


休憩を沢山はさんだ割には
出発から2時間足らずで戻ってきました。
ガイドブックにある目安が約2時間ですからまあまあのタイム?
人生選手からのご褒美、あつあつのさぬきうどん
美味しかったですね。

中篇に続く…


第一回(2001年)
発心の道場 阿波徳島編
第二回(2002年)
発心の道場 阿波徳島編
前編 後編
第三回(2003年)
修行の道場 土佐高知編
第四回(2004年)
菩提の道場 伊予編
第五回(2005年)
菩提の道場 伊予編
第六回(2006年)
涅槃の道場 讃岐編
前編 中篇 後編