第四回 新崎人生と行く、四国八十八カ所巡拝ツアー
〜 土佐から伊予へ 〜

 この時期の恒例行事となりつつある遍路ツアーが、今年で四回目を迎えることとなりました。
 今年は、例によってプロレス興行が多い週末と重なり仕事を休めないドクトル・ルチャこと清水さんのみならず、当HPの管理人 天野住職をはじめとする住職の方々も同行できないということで、一時は開催も危ぶまれたということですが、初参加の2名を含む16名の参加者が、4回目にして初めて全行程とも新崎人生の先達という素晴らしい機会を得、熱心に巡拝しました。
 今年も影ながらツアーを支えてくださったドクトルのメールとともに、その行程を振り返ります。
 さて、いよいよ今年も始まりました。
 しかしどうも様子が違う…。いつもいるばずの天野住職、大西住職らの姿が見えません。なんと今年はお寺の事情もあり、参加できないとのこと。
先達は人生が勤め、そのサポートに天野住職の弟子の章君と、1回目から参加しているお遍路のプロ「お父さん」がついてくれるが、一同、どうなることやら不安でいっぱい。
 今回は、足摺岬の38番金剛福寺からということで、車中で昼食のお弁当を食べながら、集合地の松山からバスに揺られて延々4時間半の道のり。いきなりの長時間移動で、心配事も眠気には勝てないということか、あちこちで舟を漕ぐ姿が。初日の参拝は金剛福寺一ヶ寺のみというのに、果たして大丈夫なのでしょうか。

【ドクトルメモ〜御本尊の面影・その1】

第38番 蹉蛇山 金剛福寺(さださん こんごうふくじ)
 37番岩本寺から最大100キロ。徒歩三日。お大師さまは観音の理想の世界 補陀落(ふだらく)をこの四国最南端の地に築こうとしました。これはインド最南端の島・観音浄土ポータラカを模範としたものといわれています。
 ご本尊三面千手観音は88番で唯一ここだけ。お正月など年3度ご開帳! あと2回はいつかリサーチせよ。ちなみに十一面観音は41、44番もそうだが三面はここだけ。
 ちなみに昭和51年2月、私はこの寺に投宿してしている。産まれて泊まった初のお寺だった。



足摺岬といえばこのロケーション。台風中継でお馴染みですね。
(台風6号と重ならなくて良かった〜)

 納経終了時間ぎりぎりでなんとか金剛福寺へ到着。初めて&久々で、若干呼吸が乱れ気味ながらも、参拝を終えひと安心。夕暮れ近づく足摺岬の展望台でパチリ。

【ドクトルメモ〜御本尊の面影・その2】

第39番 赤亀山 延光寺(しゃっきざん えんこうじ)
 土佐最後のお寺、「しゃっきざん」といいます。1年前の最後に、「私は赤亀となって岬でお待ちしてます」と言ったの憶えてますか? それはこのお寺の予告だったわけよ。
 境内すぐ右には鐘を背負った赤亀がいるので可愛がろう。その亀は私です。鐘はゴング!つまり私がゴングを背負っている、いや背負わされている図なわけよ。
 そのそばのお大師が錫丈で掘った眼洗井戸は目の病に効くので、目を洗おう。暑くても頭は洗わぬこと。
 ご本尊は薬師如来 昨日の観自在寺、明日の46番浄瑠璃寺もお薬師さま、「おんころころ…」だよ、間違えるな


 
 山号「赤亀山」は池の赤亀が梵鐘を背負って現れたことに由来するという延光寺。清水さん!? との思いがけない出会いに、記念撮影をする面々。
 (ちなみに38番金剛福寺にも白御影石の「海亀」がおりました)

【ドクトルメモ〜御本尊の面影・その3】

第40番 平城山 観自在寺(かんじざいじ)
 菩提の道場と呼ばれる愛媛県最初の札所。菩提とはサンスクリット語で目覚めるという意味らしい。807年に平城天皇(へいぜいてんのう)の勅命で弘法大師が開山したお寺。
 ご本尊薬師如来はお大師が彫ったんだって。50年に1回のご開帳!次にお姿を見られるのは2034年だよ。俺は恐らく死んでいる。
 ここは1番霊山寺から一番遠い寺。思えば遠くに来たもんだ。 山門左にある勅使の井戸、その右にある理髪塚は平城天皇ゆかりの遺跡、産まれた干支の仏さまにお水を掛けると願いが叶う十二支守り本尊もある。暑くても水遊びはするなよ


40番 観自在寺にはお大師さまが自ら彫られたという版木を使った御宝印守があり、ガイドをして下さっている三宅さんによると、大変な「おかげ」があるとのこと。
触発されて求める者多数(笑)。 

【ドクトルメモ〜御本尊の面影・その4】

第41番 稲荷山 龍光寺(いなりざん りゅうこうじ)。南予の人は人情味豊かで明るい。是非地元の人に声を掛けてほしい。
 石段を登ると三間のお稲荷さんに到着。地元じゃこう呼ぶ。お寺なのに狛犬がいる。昔、お大師さま五穀大明神の化身である白髪老人に会ったことでここに稲荷社を作ったわけ。神仏習合を色濃く残した寺で、ご本尊十一面観音菩提は拝観可能。今回唯一のナマのご本尊だ。ここから61番までずっとご本尊は生で拝めないから要チェック。
 ご本尊の右脇に稲荷大明神も同居している超不思議な寺。本堂上のお稲荷さんもチェックせよ

【ドクトルメモ〜御本尊の面影・その5】

第42番 一果山 仏木寺(いっかさん ぶつもくじ)。
ここの山門、茅ぶきの鐘つき堂は私のお気に入り。
 昔、牛の背に乗ったお大師さまがここにあったくすの木で大日如来を刻んだのがこの寺の始まり。境内にある残木堂には、その時のくすの木の残りが安置されている。本堂は280年の重みが感じられる。屋根の形が渋いよ。 ここの大日さまは牛や馬の守り本尊で、しっかり祈れば、明日の安田記念は的中間違いなしだが、ここにはWINSはない。ちなみにワシはここの大日如来を念じ、先週1レースで419倍と217倍という万馬券をゲットした。 ここは力をいれて拝むべし。


 梅雨時にもかかわらず(ツアーの前週に四国が入梅)、今年も天候に恵まれました。バスからのアプローチが長いお寺は大変です。
 そういえば、ドクトルの指令を聞いていたにもかかわらず、お稲荷さんに行くのは忘れてしまいましたね。

【ドクトルメモ〜御本尊の面影・その6】

第43番 源光山 明石寺(げんこうざん めいせきじ)
飯を食っている時間で宇和島城に登りたかったねえ。現存12天守の貴重な城なので是非立ち寄りたかった。 ちなみにお四国には他に高知城、松山城、丸亀城が現存天守である。大脱線。
 ここは88番では珍しい天台宗の寺。通称「あげいし」さん。ご本尊・千手観音菩薩は秘仏だよ。ここに近い黒瀬城、松葉城はなかなかええぞ。やたら親切な人たちにその城跡で説明を聞いた恩は忘れない。やはりここらの人は明るく親切な人が多い。みなさんも意味もなく声を掛けて試してみよう。


 明石寺の参拝を終え、道後温泉に向かう途中で別格霊場第8番の十夜ヶ橋(とやがばし)永徳寺にも立ち寄りました。
 丁度農繁期にこの地を訪れたお大師さまでしたが、村人に一夜の宿を求めても、そのみすぼらしいなりを見て、いずれの家にも断られ続け、空腹を抱えたままこの橋の下で寒い夜を耐え忍んだのだそうです。あまりの辛さに一夜が十夜にも感じられたという説話から十夜ヶ橋の名がついたとか。遍路が橋の上では杖をついてはならないという謂れの元でもあります。

 ということで、橋の下でおやすみになるお大師さまを起こさぬようにこっそり記念撮影。

 お遍路さんが希望すれば通夜ができるような場所もありますが、橋の上は車もよく通り、川には貪欲で肥え太った鯉がうようよ、それはそれは眠れぬ夜になることでしょう



 今回のお宝争奪戦は、なんと人生自ら出題するクイズ?に正解した人から、お目当てのグッズを選ぶという新方式。
 クイズはマニアな問題から、超〜簡単なものまで多彩。また、出題に窮した人生から、プロレス以外の謎謎ネタまで飛び出すという、衝撃の展開となりました。
 そんな激しい戦いを終えたみんなの笑顔、妙に清々しく見えるのは気のせいでしょうか?

 宴会の後男性陣は道後温泉本館へ乱入。お風呂上りは、坊っちゃんの部屋でひとやすみ。くつろぎすぎのヒトがいるようですが、他のお客さんに迷惑かけないようにして下さいよ〜。

【ドクトルメモ〜御本尊の面影・その7】

第44番 菅生山 大宝寺(すごうさん だいほうじ)。
おはよう皆の衆、今日の一発目は、菅生山 大宝寺、43番からのアプローチは全行程で2番目の長さ。でも君達は道後の夜、宴会のあと枕投げをしていたんだろ。俺は朝早くから道後の湯築城の水で泳いでいたのにさ。
 ここ久万町は山ばかりの林業の町。杉木立ちの中、石段を登る。次を考えてしっかり登っておくこと。
 仁王門 も本堂も大師堂も渋いなあ。本尊・千手観音は秘仏、本堂下に「新崎」さんがお寺に寄進した証明が刻まれている。新崎の名を探せ!
おい、44ってことは88の半分来たよ!さあ、次はツアーのメインエベントだ


【ドクトルメモ〜御本尊の面影・その8】

第45番 海岸山 岩屋寺(かいがんさん いわやじ)。 バス降りたら、登るゾ登るぞ登るゾ。 トンネルのようなお土産屋は渋いなあ。海岸山 岩屋寺、杖があって本当に嬉しい寺。ありがとうお大師さま。
 ここは88番中、五指に入る異次元空間のスーパーテンプルだよ。ロケーション凄いの一言!さすが本ツアーのメインエベント。ご本尊は不動明王。大師堂は本堂よりデカイぞ。お大師さまが修行した本堂裏の穴禅定は神秘的、岩を登るせり割り禅定は超スリリング。そうだアタック隊をだせ。 足元注意 、ここは神聖かつ最高の業場であることを忘れずに。



本堂右にある金剛界峯(こんごうかいほう)。
ほぼ垂直に近い崖にはしごがかかっています。
「馬鹿と煙は〜…」なんて言わないように!


上はこんなに狭いのです。
右側は腰より低い手すりしかありません。


【ドクトルメモ〜御本尊の面影・その9】

第46番 医王山 浄瑠璃寺(いおうざん じょうるりじ)
ミッションご苦労。三坂峠を下ると 医王山 浄瑠璃寺 。山里のちいさな寺です。どこか南国ムード感じるのは私だけか。インドの小寺院といった感じ。釈迦の手形を彫り込んだ仏手石が鐘突き堂前にある。1300年前に行基が刻んだ薬師如来は秘仏。本堂前にはデカイ仏足石がある。私はその前にある石のベンチ?が好き。 座るととても落ち着く。仏足石は靴を脱いで是非、踏もう。 仏教体験と健脚、交通安全にも、ご利厄あり。


初夏の日差しにつつまれた境内はドクトルが形容した通り、南国ムードたっぷり。
お釈迦様の足型を刻んだ仏足石の上で合掌する新崎人生、さすが絵になりますね。この向かい側に説法石があります。
ちなみに7月中旬頃には寺のそばの池で約200株の大賀ハス(古代蓮)が花開きます。


【ドクトルメモ〜御本尊の面影・その10】

第47番くまのさん 八坂寺。 今回の最後の札所です。  できれば衛門三郎自宅跡の番外札所文殊院と八人の子供たちの墓といわれる八塚には是非立ち寄りたい。 さて八坂寺はユニークな山門風の橋、 杖を付かない注意で下ばかり見てないで橋の天井の天女を見てちょ。本堂はコンクリート作りでガッカリさせられるが かつては大伽藍のどデカイお寺だったとか。その名残は寺の随所にある。もとは山伏の総本山的なお寺だった。 お大師さまはここに熊野十二社権現を奉り修験道の根本道場にしたわけ。
修験道の総本山だからこそ修行中のみなさんにはぴったりのラストテンプルだと思います。 本堂の脇の権現堂にも参るように。 ご本尊は阿弥陀如来 おん あみりた ていせい から うん。50年に1度のご開帳。次はご開帳は2028年だってさ。 忘れずにまた来よう。
 売店横でしょうが湯のお接待あり。 そうそう 文殊院は衛門三郎の屋敷跡といわれているので、死国衛門三郎にマスクを被ってたたずんでもらいたい。 みなの衆、お勤めご苦労。


  
予定外でしたが、思いがけず文殊院へ行くことができ、今ツアー最後の最後のお勤め。残念なことに死国衛門三郎は現れませんでした。
さて、パラパラと降り出した雨が、参拝を終えバスに乗り込んだとたん、土砂降りに! 間一髪で免れました。

【ドクトルメモ〜 その11】

最後に赤亀のつぶやき
ご苦労さまでした。 そこはぽんぽんと札所が続いているけど、焦らず腹八分目でストップするのが次への希望となります。
今回は赤亀になってみなさまの安全を水面から祈っておりましたが、山岳地域ではやはり干あがってしまいました。 水分がほしい。 龍も亀も生あるものは死あるのみ。 そこで私は道端の石ころになることを考えました。石ころなら、水も年金もいりません。地面のレベルで、つまりゼロで物事を考えられます。私は雑草の影から虫たちと一緒に88番結願を目指すみなさんの無事を祈り続けます。蹴飛ばさないで。では。


…そして、今年も無事にツアーを終えることができました。
各寺を先回りし(実にタイミング良く)、メールで案内してくださったドクトル、参拝の心得を指導してくださった天野住職、大西住職、有難うございました。
お三方の影ながらのサポートがあって、今回もただのプロレスファンツアーではない充実した内容となりました。
八十八ヶ所の札所も折返し地点を過ぎ、あと2回の開催で結願できそうです。
今回参加された皆さん、また来年も変わらず四国の地でお会いしましょう。参加できなかった皆さん、ぜひ来年は来てください。お待ちしています。

合掌

第一回(2001年)
発心の道場 阿波徳島編
第二回(2002年)
発心の道場 阿波徳島編
前編 後編
第三回(2003年)
修行の道場 土佐高知編