「精霊でもなく、死者でもなく」 
「デッドマン・レッスリング−−死の臨床格闘学4」より
 

友よ、友、そうしたしきたりはあれど、君を棄て去るには忍びない。
ゆえにわれは、 どっちつかずの存在になろう。
精霊でもなく、生あるものでも死者でもない。よく聞 いてくれ――   
(ヴィクトール・セガレン「吸血鬼」)

二〇〇〇年六月の全日本プロレス分裂騒動の直後、馬場さんの未亡人である元子夫 人は「全日本の看板は下ろさない」と宣言したものの、残留選手は川田と渕のわずかふたりであるという惨状を考えれば、とりあえず行うべきは戦力補強であり、七月から予定されていたサマー・アクションシリーズは当然、中止されるであろう――。だれもがそう予想したにもかかわらず、後に新団体ノアのホームグラウンドになるディファ有明のこけら落としとして企画されていた七月一日の開幕戦が予定通 り――しかも超満員の観客が見守る中で――敢行されたことについては、すでに語った。とはいえ、もちろん選手ふたりではどうにもなるものではない。メインイベントで川田利明対渕正信という“全選手”が登場することを考えれば、その日の残り四試合はすべて“助っ人選手”で組まれたことは自ずと明らかになるはずだ。そこにはマウナケア・モスマン(次のシリーズで「太陽ケア」というご機嫌なリングネームに改名)、スティーヴ・ウィリアムスなど全日本をベースにしてきたいわゆる“常連ガイジン”の姿も当然、あったのだが、注目すべきなのは、日頃は他団体であるいはフリーで活躍している何人かの日本人選手が 、この明日さえどうなるかもわからぬ団体のシリーズに全戦参加を表明していたことだ。 

プロレスの世界でもっとも重要な要素のひとつに、団体間のダイナミズムを的確に 読むことがある。「この団体のリングに上がる」ということは、自動的に「あの団体のリングには上がらない」ということを意味する。そこで嗅覚を働かせ、必要であれば派閥や団体間をわたり歩き、より有利なポジションに自分を置く。それがレスラーとして上り詰めていくためにはどうしても必要なことなのだ。いや、そこまで裏読みしなくとも、残留全日本のリングに上がれば、そこへの造反者が旗揚げする予定の新団体のリングには上がれないということくらいは、誰にでもわかるだろう。そして、くどいようだが、新団体にいるのは三沢、小橋を始めとするスター選手二十五名。全日本に残ったのはふたり。この状況で全日本に上がるというのが、そのレスラーにとってあまりにも危険な選択であることも、またプロレスを知らない人にとっても明白であるはずだ。すぐに新団体支持を表明することはなくとも、とりあえず様子を見 守ることにしよう。そう考えるのが最も無難だ。

しかし、それにもかかわらず、この全日本サマーアクション・シリーズには三名の志士が全戦参加を表明していた。 相島勇人。奥村茂雄。そして、新崎人生。 後に渕は、あるインタビューに答えてこう話している。「三沢たちの離脱を知った のは、倒れた父親を見舞うために実家に向かう新幹線の中で読んだスポーツ紙でだった。電話して川田が残ったと聞いて、自分も心を決めた。そして東京に戻るとすぐ、人生や奥村が『何かできることがあれば協力します』と言ってきてくれたので、シリーズを続ける気持ちになった。」

私には今でもよくわからない。フリーの立場で十分に活躍しきれていたとは言えない奥村や「世界のプロレス」という地方のインディー団体にいた相島が、賭けに出るつもりで全日本に上がる決意をしたというのは、それほど不思議ではない。しかし、ベースのみちのくプロレスばかりではなく、他団体の大きな興行にブッキングされることも多いスター選手・新崎人生が、なぜ何のためらいもなく渕に協力を申し出たのか。いっぱしのプロレスマニアを気取る人なら、だれもがこう考えたはずだ。「人生ならこの先、三沢たちの団体ノアから呼ばれる可能性だって大きいはずだ。将来的に考えればその方が彼にとって得策だろうに、どうしてそのチャンスを捨てるのだろう?」。長い間、人生のファンだった私も、そんな姑息なことを一瞬、考えた。しかし、人生はそう考えなかったのだ。

新崎人生は、極めて特異なリングスタイルで知られるレスラーである。四国霊場の遍路の白装束で読経の声の中、入場し、リングの手前とリングの上、さらにリングを去るときに深々と合掌する。巡礼者であり修行者という設定を徹底的に守り続け、言葉を発することもなければ、その苦渋に耐えるような表情を崩すことさえほとんどない。造形的に寸分の隙もないほど美しく鍛えられ磨かれた肉体だけが、彼の唯一の表現手段なのだ。

しかし、彼に許された肉体による自己主張にさえ、厳しい制限と抑制が課せられている。つまり、自然なエネルギーの炸裂や興奮による無節操な動きなどはまったくなく、非常に静かないくつかの決まった動作とその合間に素早く繰り出す技――それも「輪廻」「高野落とし」「極楽固め」といったキャラクターによる強い制約を受けたものに限られている――があるだけだ。観客へのアピールなども無論ない。見ている人の誰もが思う。彼ほどの運動能力と肉体を持っているレスラーであれば、時には感情や本能のおもむくままに相手を打ちのめしたり駆け回ったりしてみたいだろうに。リングに向かって手を合わせるときの深い表情を、思いきり外に向けて解放してみたいだろうに。でも、彼はそうしない。自ら作り上げたキャラクターに禁欲的なまでに自分を閉じ込め、苦しげな眼差しをしながらその制縛に耐え続けるだけなのだ。と言っても、人生のレスリングはもちろん自虐的なものではない。多くの試合で、彼はある時点までは自ら課した制約に耐えるのと同時に、相手が力任せに発してくる技や感情もすべて受け続ける。彼が静けさを保てば保つほど、当然、相手はエキサイトの度を増し、持てるもの以上にその輝きを放つことさえある(あまりさえない外国人レスラーが来日すると、その選手のベストマッチは対人生のシングルマッチとなることもしばしばだ。たとえば最近では、全日に初来日したセッドマン、故障で十分に力を発揮できなかったサブゥーが、人生戦で“感動的な試合”を行っている)。

しかし、忍耐があるところまでに達すると、彼はおもむろに静から動へと自分の流 れを変え、あっという間に相手を“仕留めてしまう”。もちろん、必要以上に相手を痛めつけたり苦しめたりすることもなく。最近のフィニッシュ・ホールドになることが多い「極楽固め」が決まったときでも、相手が「参った」とタップするや否や技をかける時より素早く身体を放す。そして、“勝利”に酔うこともなく、むしろやや哀しげな目を横たわる“敵”に向けながらリングを降りて行く。

力と力のせめぎ合いと思われることが多いプロレスの試合の中では、圧倒的に異質な存在である人生ではあるが、だからこそ観客は彼のうかがい知れないその内面 に自分の感情を移入してみたい欲望にとらわれる。その徹底的自己制御、抑制の果 てに訪れるもの――それをあえてラカン派精神分析的に名づけるとするならば、やはり「享楽(jouissance」となるのだろう――を、彼は垣間見ているのだろうか。また彼に感情移入することで、自分もそこに到達することができるのだろうか。多くのファンは、ほかの試合とは大きく違った意味を感じながら人生の試合を見ている。

さて、力と力のせめぎ合い、と私は言った。それは言い返れば「生のエネルギーの爆発」と呼ぶこともできるはずだ。白装束と説明した時点で誰もが直観的に想像したであろうが、人生のレスリングスタイルを「『生』の要素が一切、感じられない」と説明することも可能である(人生=Lifeというリングネームを持つにもかかわらず。いや、もしかするとその名前にすべてのリビドーが昇華されているのかもしれないが)。先ほども語ったように、彼はどんな会場でもどんなメンバーでの試合でも、鐘の音と読経の声で始まるテーマ音楽に合わせてゆっくりと入場してくる。大きな会場ではその前に場内を一度、暗転させる。それだけで明るい力と興奮がみなぎっていた会場に、まったく異質な世界が出現するのは想像に難くないだろう。彼自身の説明は何もないが、それはやはり「ダークサイドからの、死の世界からの使者」という記号だと考えるのが自然だと思う。

しかし、繰り返すようだが、彼自身には禍禍しい死やおぞましい悪を感じさせる要素は一切ない。あくまで白く静かで深く美しいだけなのだ。私たちはいつも混乱する。彼はいったい天空から降臨し、人々を救済する天使なのか、それとも黄泉の国からやって来て人々に災禍をもたらす邪悪な悪魔なのか――。もちろん、いろいろな団体で行われる試合をいくら追い続けても、答えやヒントを見つけるメッセージは一切、発せられない。しかし、だからこそ私たちはまさにセガレンがうたったように「精霊でもなく、生あるものでも死者でもない」彼を、「棄て去ることには忍びない」どころか、セイレーンの魔の声にとわれたローレライの舟乗りのように見つめ続けるしかなくなるのである。

ここまで説明すると、私がなぜ「わからない」と言ったのか、その理由がおぼろげながらでも理解してもらえるのではないか。再びセガレンを引けば「どっちつかずの存在」として人々を魅了し続ける人生が、今回の全日分裂では自ら積極的に全面 協力を申し出たのだ。意志を表明することを嫌う――これまではそう迫られる場面 でもスポークスマン的な役割の人物に代弁させる、などの方法を用いることも多かった――彼が、いくらこれまでも何度かスポット参戦してきたとはいえ、崩壊寸前の全日本に飛び込むことになったのか。しかも、本拠地であるみちのくプロレスのシリーズを欠場してまで。

スポーツ紙は、「馬場さんへの恩返し」という人生の言葉だけを伝えていた。そもそも彼が全日本に参戦するようになったきっかけは、「売店に座ってグッズにサインする馬場さんのもとを訪れ、無言で合掌して去って行ったこと」がきっかけとされている。それが馬場さんに認められ、直後の武道館大会への出場が決まったというのだ。そのとき確か人生は、「馬場さんはお釈迦さま、全日本は最後の巡礼地」と語っていた。その後も九八年の東京ドーム大会では馬場さんを相手に「拝み渡り」――敵の手を取りその“介助”を受けながら、トップロープの上を端から端までわたり歩く――を決め、その写 真は今でもしばしば雑誌などに使われる。そのときの馬場さんのテレ笑いのような表情と人生のいつも通 りの真剣な表情との対比は、何度見ても面白い。

昨年、東京ドームで行われたジャイアント馬場“引退”記念興行でも、人生は引退セレモニーの直後の試合に登場している。私は個人的に人生の特異的なファンなので、「代表的な試合は?」と言われればすぐに試合内容のすぐれたいくつかの闘いをあげることができる。それでも、その中からひとつだけを選べと言われたら、やはりこのドーム大会のものをあげずにはいられない。いや、試合そのもののことはほとんど覚えていないのだ。今はノアに所属している秋山や小橋、ロード・ウォリアーズらによる豪華なメンバーの6人タッグであったこと以上に特筆すべきこともない内容だった記憶しかない。しかし、この日はWWFに遠征していた時のキャラクターで今は「死んだ」ことになっているハクシー(漢字では白使と表記)を“召喚”して登場した彼は、いつものように入退場に際してリングに向けて静かに合掌した。それはどんな時も省略されることなく行われる彼の“儀式”であることは、先にも述べた通 りだ。おそらくそれは何の意味もない強迫反復的な動作にしかすぎないのだろう。それなのにこの日ばかりは、それ はただの機械的な儀式ではなく、どうしてもその直前に行われた馬場さんへの手向けであるように見えてならなかったのだ。どこがいつもと違っていたのか、と言われればその根拠はまったくない。それは私だけの勝手な思い入れであることも薄々、知ってはいる。それでも、少なくとも私自身はたしかに、人生のあのときの合掌と黙礼によって、馬場さんの死という事実を受け入れられずに涙に暮れるだけの日々からほんの少し救済されたのである。自分自身で何かをするのではなく、そのかわりに他人がしてくれた何かにより、自分が救済される。いわゆる 「利他行」を経験したのは、私にとっては本当に生まれて初めてのことであった。私は、プロレス会場という場でそういう宗教的体験を、しかも真の宗教者によってではなく、宗教的なキャラクターを“演じている”だけのレスラーによって与えられたという事実に、我ながら衝撃を受けていた。しかし、衝撃や自嘲より大きな波となって押し寄せる感謝や安堵の感情に、唇をかみながらも身をまかせるしかなかったのであった。あれはまさに、私とっての享楽の体験ではなかっただろうか…。  個人的な話に没頭しすぎてしまったようだ。

そのようにレスラーとしてのキャリアの上で馬場さんや彼が作った全日本との深い縁がある人生だからこそ、今回のピンチに馳せ参じることにした。「馬場さんへの恩返し」というのは、おそらく素直にそのような意味に受け取ればよいのだろう。

しかし、馬場さんはすでに亡くなってこの世にいないのだ。そして、彼の団体・全 日本も今まさにともに息絶えようとしており、現実の中で輝くばかりの生を獲得しようとしているのは新団体ノアなのである。よく考えてみてほしい。生者にではなく、死者に返す恩。そのようなものが本当にあるのだろうか。もしあるとしても、それはいったい、生の世界、死の世界、いずれの場所で返すべきものだというのか?

私は思う。おそらくその奇妙な恩返しができるのは、その場所を知っているのは、人生が「精霊でもなく、生あるものでも死者でもない」からなのだろう。この世でそれができるのは、おそらく彼たったひとりだけなのだ。彼はそれを知っているからこそ、一瞬の迷いも打算もなく、その使命をまっとうする決意ができたのだろう。

その後、七月、八月のサマーアクション・シリーズ、さらには九月のジャイアントシリーズにまでフル参戦した人生は、会場に観戦に行くどころかスポーツ紙で結果 をフォローするのも困難なほどの過激なスケジュールをこなさなければならない状況となった。全日本のほかにもおそらく以前から予定されていたFMWや本拠地のみちのくプロレスの試合にも参加し、一日にふたつの会場をかけもちする日さえあったのだ。前述したように結果 的には全日本は奇跡の連続によりノアを凌駕するほどの輝きを放ち、注目を集めることになったため、今となっては人生の選択は世俗的な意味でも間違っていなかったということになる。しかし、七月、八月の時点ではそれは明らかになっていなかったことを考えれば、やはり「なぜここまで厳しい日程で闘い続けなければならないのか」という疑問の答えは見えてこない。そして、そのような狂おしいほどの過酷な状況の中でも、ときどき会場に出かけて目にする彼は、いつもとまったく変わらずに静かで深く美しいままなのであった。

レスリングの試合というより私の目にはむしろ舞踏に近いイメージで映るその端整な動きに、最初は抗おうとしてみてもいつの間にか魅入られてしまっているじれったさと悔しさの混じったおなじみの甘やかな感情に身をゆだねながら、ある日の会場で私は、土方巽の遺稿集『美貌の青空』のことをぼんやり思い出していた。

人生は徳島の出身であるが、その動きが舞踏を思わせるということとみちのくプロレスにいるということ、その二点により私は彼を見ているといつも東北の土壌に育まれた唯一無二の舞踏家・土方を連想してしまう。もちろん、土方の痩躯と人生のバンプアップされながらも水中をしなやかに泳ぐ流線型の哺乳動物を思わせる体型を始めとして、よく考えるとこのふたりの間には何の共通 点もない。自分自身でもその理由を詳しく説明することはできないのだが、おそらくはむしろ「究極の身体表現の奥から漂う薫り高さ」といった抽象的・精神的な部分で同じ要素を感じてしまうのだろう。

そのような背景があるのだが、この夏に限ってなぜ、私は『美貌の青空』を連想したのか?――その理由なら、はっきり説明することができる。『美貌の青空』という名前を持つ作品は、この世界にはこの土方自身が名づけた遺稿集のほかにあとふたつ、存在することを知っているだろうか?(もちろん、それらの源になっているのはこの書物なのだが)。
 ひとつは、白と青のみで構成された池田満寿夫の半立体シリーズである。九七年に発表されたこの鮮烈な作品は、期せずしてその年に急逝した彼の絶作となり、現在、長野県松代町の池田満寿夫美術館で壮絶な輝きを放っている。

そしてもうひとつはそれに先立つ九五年、坂本龍一のアルバム『SMOOCHY』の冒頭を飾った曲だ。作詞は数々のヒット作を作り上げてきた売野雅勇であるが、次に引用するふたつの部分だけを見てもわかるように、ここに表現されている世界は、ほかの売野作品とはあまりにも大きく異なっている。

 眼差しの不実さと気高さに溺れていた  
 狂おしい夏だった
 青空も 声も  小さな死のように  
 切なさで胸を痛めながら
 君の可憐な喉笛からあふれ出した
 虹の涯ては美貌の青空  

この名前の作品を遺作として死の世界に旅だった土方巽と池田満寿夫。そして、狂おしい夏と死を歌った坂本龍一。この三つの『美貌の青空』が渾然となって私は、「精霊でもなく、生きてるものでも死者でもない」リングの上の人生に、この世で私が知る中で最も美しくも恐ろしいこの言葉を見てしまったのだろう。  十月にジャイアントシリーズは無事、終わり、天龍源一郎らも正式に所属することになってメンバーも増え、一時は瀕死の状態だった全日本も今やメジャー団体としての落ち着きを取り戻しつつある。これから安心してそのリングに上がることができるようになるというこの時期になって、人生は全日本の次期シリーズへの不参加を発表した。

でも、私はもう驚かなかった。狂おしい夏は終わったのだ。全日本はもはや生でも死でもない世界ではなくなった。だから、精霊でもなく死者でもない彼は、また別 の場所へと移動していくのだ。そして彼の上にはいつも、『美貌の青空』が広がっている。

                        文・香山リカ(精神科医)